DVD バンダイビジュアル 2004/03/11 ¥3,990 勝新太郎主演で知られる名作時代劇に、世界に冠する北野武監督が挑んだ話題作。今回、北野武=ビートたけしが演じる盲目のあんま、座頭市は、なんと金髪。しかも仕込み杖は朱塗りというところがしゃれている。内容の方は、凄腕の人斬り服部源之助(浅野忠信)とおしの(夏川結衣)夫婦や、遊び人の新吉(ガダルカナルタカ)、そして美しい…

ネタバレなので映画を楽しみたい方は、読まないでね。
主たる感想は映画公開時に書いてるので、

http://diarynote.jp/d/12917/20030915.html

をごらんください。



↓↓↓ネタバレ注意↓↓↓

3/11にたけし版の座頭市がDVDで出たらしい。別に買う気はないのだが、三月十一日で「ざ、とう、いち」だそうである。
ばかばかしいが、こういうのは好きである。

ま、それは良いとして。

先日仕事で取引先の若い方たちとクルマで移動する機会があって、なんだかんだと映画の話になった。
まぁみんな映画が好きでねぇ。もうほんとに良く見てるなぁと感心したのだけれど、それでたまたま、このたけし版「座頭市」の話になった。

で、みんな見てたのでラストシーンの話になったのだが、意外にみんなあのラストシーンの意味がわかってなかったんだなーと思って驚いたのでした。

「いや、あのシーンは、これこれこういう意味でしょ。」と解説したら、「おおおお、シゲさん深いっすねー」とか言われた。

えええ、そ、そう? そうなんやろか。

と驚いたので、ついでがてら書くことにした。

あのラストシーンでさぁ、座頭市が目をあけて、目が見えるというのがわかるわけだけど、そこで「見えないほうが都合がいいこともあるんだよ」って言いますわね。
あれはようするにあれでしょ、あの青いコンタクトでもわかるように、あの座頭市は外人との混血、ハーフなんだよねきっと。
で、だからこそ、目をつぶっていたほうが、たんなる「白子」ようするに染色体がちょっと違う若白髪のような人のように見えて、日本人の中に混ざっていても目立たなくていいってことでしょ。

ストーリー全体を通して他の登場人物はそれまでの生きてきた過程とか、子供のころの虐げられた環境とかを描いてるのに、座頭市だけはそれが描かれないというのは、ようするにあのラストシーンで「ああ、座頭市も子供のころは青い目をしてたからといじめられて、それで居合とか身につけるしかなくなったんだろうなぁ」というようなイメージを喚起させるために仕組まれた構造でしょ、ってことです。

で、こういう「おそらくそういう設定ですよ。」ということを話したら、「あ、なるほどー。そういうことか。深いですね。」と言われたわけです。

えええ? そそそ、そうですか。深いですか?
いや、確かに、こういう裏設定に思い至ったのは映画を見た次の日とか、なんかそういうタイムラグはあったかと思うのですけど、まぁだいたいすぐにわかったんですけど。

どうなんでしょ、みんなそのあたりはわからずに見てたんですかねぇ。

で、もひとつ言うなら、その時私、こう言ったんです。
「なんと言っても世界の北野武だし、海外のセールスも考えてハーフの設定にしたんじゃないですか? だから座頭市の第二作目を作るなら、ハーフの生い立ちを生かしたものになるんじゃないですか。」って。
そしたらまたまた
「ははぁ、読みが深いなーそれは。」ともう一度感心された。

うーんそうかなぁ。でも、あの計算高いたけしのことだから、そのくらいのことは考えてると思うのよなー。もともとテレビ業界の人だしさぁ。ちゃんと商品にすることは考えてると思うのよなー。ハーフの設定で北野武監督作品なら、海外資本から続編のオファーが来ることだってあるじゃん。ねぇ?

そんなこんなをひっくるめてのラストシーンだったと思うんだけどなぁ。まぁもちろん「心は目には見えない。目を閉じて聞いているほうが人の心はよくわかる。」というメインテーマはあるんだけどさ。そういうダブルミーニングというか、表面的な文学性と裏面の商売性が両立してるところがすごいよねと。そう思うんですよ、私は。

深読みのしすぎでしょうか? あー、でもたけしなら考えてるよなーきっと。たぶん。

ま、そんなことで。

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