ほぼ、まる一年前に、

●すべての事は、カンタンである。
http://hitoyomi.diarynote.jp/200902212031127679/

という日記を書きましたが、最近、改めて、この標語の力を再認識しておるのであります。

なんて言うのでしょう。



●恐怖感が消える、秘密の呪文。



という気がしてしょうがないです。
前の日記にも書きましたけど、「あなた、ビルを建てられますか?」と聞かれたら、ビルのオーナーや工事現場に従事してる人以外は、「ブルブルブル、とんでもない!」と最初から否定すると思うんですよね。

でも、ビルは建ってます。

つまり立てる方法はちゃんとあって、ただ、その方法を知らないから「無理だ」と思っているだけなんですね。

この事実は、かなり重要な事なんだよなぁと、最近はしみじみと思うのです。実現方法を知らないと、「無理だ」とか「難しい」とか、そういうマイナスの気持ちがどんどん前に出てきてしまうわけですね。

無理だ。
できない。
いまより悪くなる。

とか思ってしまう。

いやー、それはおかしい。それは単に、やってない、あるいは、やり方を知らないから、どうなるのかがわからなくて、怖がってるだけでしょ? って思うわけです。
だから、ひとつ言えるのは、


●無知は恐怖を温存させる。


ということなんですよね。
わかってしまえば、どうってことない話でも、わかってない時はものすごく恐怖感とか、イラつきとか、不思議な気持ちとか、そういうものに支配されてしまうわけです。コントロールのしようがないから。

このあたり、手品のタネ明かしがそうですよね。
タネがわかる前は、不思議で仕方ないわけですけど、わかってしまえば、ものすごくカンタンで馬鹿らしいくらいなわけです。
世の中って、そういう手品の種明かしみたいな事ばかりで出来てるよなぁってすごく思うのです。ほんと。わかってしまえばカンタンなのに、わからない人からは恐怖されているというような事柄が、どれほど多いことか。

ある手品師が、未開の村に出かけて、マジックを村人に見せるというのをテレビでやってたんですよね。で、やってた手品も、ものすごくカンタンなものだったんです。人間が物陰に隠れていて、手品師が大きな布を動かしているスキに、その布の後ろに移動して、準備が整ったら、布をパッと取る。ただそれだけの手品なんですけど、移動のタイミングをすばやくやることで、本当に、何もない空間に人間がいきなりパッとあらわれたように見えるんですね。

ものすごくカンタンな手品なのに、見ている側は「そんなことはできない」という否定の気持ちで見ているから、信じられないわけです。「できない」と思われることを手品師は練習して、やってるわけですよ。カードマジックだってそうだし、たいていの手品はそういうものです。ちょっと練習すればできる。でも、普通の人は「練習すればできる」という事が分からないから、「魔術を使った」ということになってしまうんですね。ようは、そういう仕組みを知らないから、不思議に思って「魔術だ」と言って自分を納得させようとする、ということなわけです。

あげくの果ては「あいつは魔術を使う悪い奴」とかまでなってしまったりとかしますわね。
まぁ、無知な人はそういう風に、自分の中で「合理化」するしかないわけですよ。「できない」「できるわけがない」を前提に考えていたら、そう思うしか他に道はなくなりますからね。

そんなこんなを考えていると、結局、いろんな事は、四の五の言わずに、さっさとやってしまう、というのが、正しいよなぁって思うんです。
何事につけ、知識を得て、実際にやってみるって言うことが、心の問題に対する最良の処方箋なんだよな、って思うんですよ。

で、その「四の五の言わずにさっさとやる」という時に、


●すべてのことは、カンタンである。


という考え方が、かなり、相当、非常に効果的であるように思いますねぇ。
「怖い」と思うから、腰が引けて動けなくなっちゃうんだし、動かないから、よけいに怖くなっちゃうわけで、まずは動いて確かめるって事をしなくちゃいけないわけです。

で、その「怖い」という思いは、結局は、自分が動いてなくて無知だからこそ生まれている事なわけですよ。

なら、動こう。

そう思うわけです。

まず、動いて、この世の仕組みを見てみよう。

そう思う。

そうすると、「ははーん、なるほど、こうなっていたのか。」と仕組みが分かってきて、安心感も増えてくる。

その、動き出すための、第一歩を、よりスムーズにさせてくれる言葉、考え方が、


●すべてのことは、カンタンである。


だよなぁって思うのです。

とにかく、何かを実現している人は、まぁ大抵の場合、「カンタン」にやってるわけです。額に脂汗を流しながら、必死に努力して、ヒーハー言って実現してるって事は少ない。そういう「しんどい努力」は続きませんからな。

まぁ、ちょっと気軽に「カンタンやと思うし、やってみよ。」と動き出すという、そういう事ですな。

それこそ、本を一冊読むのだって、難しいと思ったら読めませんからな。いやほんま。

とにかく、すべてのことは、カンタンなのだ。
だから、さっさとやってしまうのだ。
やってるうちにカンタンになってくることも多いし。
そう考えるのが、心に対して「吉」だと思うのですよ、私は。

いや、ホンマ。

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