テレビを見ない生活。
2007年3月31日 ■時事 コメント (2)長らくテレビを見ていない。
いろいろ理由はあるのですが、基本的に「くだらないから」というのが理由でしょうね。
とにかくつまらない。
特に報道番組がダメになりました。たぶん、小泉政権ができて、田中真紀子人気が沸いたあたりからどうしようもなくなってしまったのだと思います。
一昨年の郵政選挙の時などは、参議院での否決に腹を立てて衆議院を解散したという、無茶苦茶な事をやってる小泉の法理論的問題点を、マスコミがまったく問題にしませんでした。
もうね、日本のマスコミは、あの時点で終わってるわけです。役に立ってない。クソとかカスとか、そういう存在です。
今年は「あるある」の捏造事件から始まってマスコミのダメさがうんぬん言われてますが、もう、それより以前から、本当に全然ダメだったわけですよ。
まぁ、ちょっとしたお笑いタレントの馬鹿馬鹿しい番組とかは、逆に内容がないのが分っている分、罪がない。まだマシです。
でも、そういうお笑い番組ですら、最近はもうYouTubeで見るようになっちゃったし、まぁそれで充分なんですな。積極的に見たいと思わない。
テレビなんかに時間を使うくらいなら、本を読む、英語の勉強をする、日本や欧米の歴史を知る、ウォーキングする、友人と会う、自分の内面を探る、展覧会に行く、映画館に行く、繁華街を歩く、本屋をぶらつく、ウクレレを弾く、仕事する、これからの自分を考える、花を飾る、などなど、やるべき事はたくさんあります。
すでにアメリカでは、テレビを見ているのは低学歴の低所得者層であるという明確な社会区分があるようですね。
日本もどんどん同じようになってきていて、結局、前の小泉くんの郵政選挙ではテレビしか見てないような、何も考えてないアホな層がこぞって「小泉さんしかいてないやん」と郵政改革賛成に票を投じてしまったわけです。テレビCMもひどかったしね。
政治がCMで決まるようになったら、もう終わりだなぁって僕は感じます。
郵政の問題は「改革」に反対してる人はひとりもいなくて、「改革の内容をもっと考えよう」という人と、「なんでもいいから適当に変えとけ」という人とのチョイスでしかなかったわけです。
そういうアホな状態で、「改革、イエスかノーか!」とやって、500兆円もの資金を、国内に環流させるのではなく、国際金融資本の手にゆだねて、海外にしか投資が動かなくなってしまう法律に賛成させられたわけです。
小泉は国賊ですよ。
だから、僕はもう、テレビなんか見たいとも思わない。
最近で言うと「ハケンの品格」だ。
あのなぁ、仕事奴隷に品格なんかねーんだよ!という世間のうっぷんを、逆に湖塗するための誤魔化しのための番組であることが見え見えで、嫌になってくる。
日本はアメリカの属国になり果てていて、年次改革要望書などに見られるように、アメリカの財界からの変革要求に「へいへい」と従っているだけにしかすぎない。
その大きな構図を、まず日本人のひとりひとりが、正しく自覚しないとダメなのに、そこのところはあんまり自覚しないんだよね。
だってテレビでも新聞でも年次改革要望書の話なんて出てこないもんなぁ。
ある程度世界の流れに従うことは必要で、その意味では日本人は世界の常識を知らなすぎる「土人」ではあります。(そのあたり勉強不足の人はもっと勉強しなくちゃいけない。勉強不足で反米!とか叫ぶのが、いちばん大国のいいカモなのです。いちばんマヌケ。)
しかし、守るべき文化だって日本にはあるのだから、そこは大切にしないといけない。
で、そのバランスは、本当にいろいろ知っていこうという態度と意識がないとダメなんだと思うのですよね。
で、そのために、誰にでも出来ることの第一歩が「テレビはくだらない。」と知る事だと思う。
テレビはくだらないんだ。
とくに政治関係の番組。
誰も本当の事なんか言ってないもん。
つーか言えないんだよ。
言ったらホサれるの。
だからまず、「テレビはくだらない」と知ってください。
で、実は新聞も、ほぼダメです。
これも日本では地方紙とか独立系の新聞社が少なすぎて、中央によるコントロールがきつすぎる。
東京のキー局の重要人物数人と話がつけば、日本全国に情報管制が完全に敷かれる状態になっているというのがテレビと新聞の系列化によって実現してしまっている、いまの日本のメディア状況なわけですよ。
だからテレビ・新聞「だけ」しか見てないと、パァーになります。
いまわずかに、そういう「上の人たち」の意向と関係なく、独自の言論を行っているのは、日本全国に何百とある小さな良心的な出版社のみでしょう。
だから本を読まないといけないんです。
他に真実を伝えてくれるメディアがないからです。
出版文化だけが、わずかに国際金融資本のからみ手から逃れています。
なんせ、あまりに中小で玉石混淆だから。統制のしようがないんですな。
これも潰そうと年次改革要望書では再販制度に手を入れようとしてたんですが、草の根レベルでの強い反対に押されて、再販制度改革は立ち消えになりました。
ほんのわずかではあるけれど、民衆レベルの勝利です。
だから本を読め。
読まない奴はダメだ。
たくさん読むのだ。
そして「良い本」を選ぶのだ。
くだらない本を何冊も読んで、そのくだらなさとウソ臭さを知って、自分の「真実を見抜く目」を育てて、それから、真に良い本をみつける力を持つ。
そういう事が必要なんですね。
だから玉石混淆の石からどんどこやっていくしかない。
玉も石も混ざっていたからこそ、統制されずに済んだんだよね。だから手間でも「石」から読め!
で、「玉」に出会うまで続けろ!
そういう事ですね。
最近、ほんとうに、そういう部分にしか、この国の未来はないなぁとつくづく、しみじみ思うのです。
で、僕なんか、まだまだ全然勉強不足ですからな。
だからもう、ゲームとかやってるヒマがないんだよなぁ。残念だけど。選んでやらないと時間がもったいない。
まぁさすがに40過ぎたら、そういう賢い時間の使い方に気を配らないとおかしいと思うのですよ。残り時間のカウントダウンも始まってるんだから。
ま、そういう事をつくづく、しみじみと感じていて、で、多くの人に言いたいのは、とにかくまず「テレビはくだらない」と気付いてくださいと言うところまでですね。
そこでちゃんとテレビの電源を消せるかどうかは、それこそ、その人の品格にかかわる事でして。
まず「テレビはくだらない」そう思ってみる、という事をしてほしいです。
これはもう、切実に、真剣に、この国の未来=私の将来のためにそう願います。
まず「テレビはくだらない」そう思ってください。頼むから。
いろいろ理由はあるのですが、基本的に「くだらないから」というのが理由でしょうね。
とにかくつまらない。
特に報道番組がダメになりました。たぶん、小泉政権ができて、田中真紀子人気が沸いたあたりからどうしようもなくなってしまったのだと思います。
一昨年の郵政選挙の時などは、参議院での否決に腹を立てて衆議院を解散したという、無茶苦茶な事をやってる小泉の法理論的問題点を、マスコミがまったく問題にしませんでした。
もうね、日本のマスコミは、あの時点で終わってるわけです。役に立ってない。クソとかカスとか、そういう存在です。
今年は「あるある」の捏造事件から始まってマスコミのダメさがうんぬん言われてますが、もう、それより以前から、本当に全然ダメだったわけですよ。
まぁ、ちょっとしたお笑いタレントの馬鹿馬鹿しい番組とかは、逆に内容がないのが分っている分、罪がない。まだマシです。
でも、そういうお笑い番組ですら、最近はもうYouTubeで見るようになっちゃったし、まぁそれで充分なんですな。積極的に見たいと思わない。
テレビなんかに時間を使うくらいなら、本を読む、英語の勉強をする、日本や欧米の歴史を知る、ウォーキングする、友人と会う、自分の内面を探る、展覧会に行く、映画館に行く、繁華街を歩く、本屋をぶらつく、ウクレレを弾く、仕事する、これからの自分を考える、花を飾る、などなど、やるべき事はたくさんあります。
すでにアメリカでは、テレビを見ているのは低学歴の低所得者層であるという明確な社会区分があるようですね。
日本もどんどん同じようになってきていて、結局、前の小泉くんの郵政選挙ではテレビしか見てないような、何も考えてないアホな層がこぞって「小泉さんしかいてないやん」と郵政改革賛成に票を投じてしまったわけです。テレビCMもひどかったしね。
政治がCMで決まるようになったら、もう終わりだなぁって僕は感じます。
郵政の問題は「改革」に反対してる人はひとりもいなくて、「改革の内容をもっと考えよう」という人と、「なんでもいいから適当に変えとけ」という人とのチョイスでしかなかったわけです。
そういうアホな状態で、「改革、イエスかノーか!」とやって、500兆円もの資金を、国内に環流させるのではなく、国際金融資本の手にゆだねて、海外にしか投資が動かなくなってしまう法律に賛成させられたわけです。
小泉は国賊ですよ。
だから、僕はもう、テレビなんか見たいとも思わない。
最近で言うと「ハケンの品格」だ。
あのなぁ、仕事奴隷に品格なんかねーんだよ!という世間のうっぷんを、逆に湖塗するための誤魔化しのための番組であることが見え見えで、嫌になってくる。
日本はアメリカの属国になり果てていて、年次改革要望書などに見られるように、アメリカの財界からの変革要求に「へいへい」と従っているだけにしかすぎない。
その大きな構図を、まず日本人のひとりひとりが、正しく自覚しないとダメなのに、そこのところはあんまり自覚しないんだよね。
だってテレビでも新聞でも年次改革要望書の話なんて出てこないもんなぁ。
ある程度世界の流れに従うことは必要で、その意味では日本人は世界の常識を知らなすぎる「土人」ではあります。(そのあたり勉強不足の人はもっと勉強しなくちゃいけない。勉強不足で反米!とか叫ぶのが、いちばん大国のいいカモなのです。いちばんマヌケ。)
しかし、守るべき文化だって日本にはあるのだから、そこは大切にしないといけない。
で、そのバランスは、本当にいろいろ知っていこうという態度と意識がないとダメなんだと思うのですよね。
で、そのために、誰にでも出来ることの第一歩が「テレビはくだらない。」と知る事だと思う。
テレビはくだらないんだ。
とくに政治関係の番組。
誰も本当の事なんか言ってないもん。
つーか言えないんだよ。
言ったらホサれるの。
だからまず、「テレビはくだらない」と知ってください。
で、実は新聞も、ほぼダメです。
これも日本では地方紙とか独立系の新聞社が少なすぎて、中央によるコントロールがきつすぎる。
東京のキー局の重要人物数人と話がつけば、日本全国に情報管制が完全に敷かれる状態になっているというのがテレビと新聞の系列化によって実現してしまっている、いまの日本のメディア状況なわけですよ。
だからテレビ・新聞「だけ」しか見てないと、パァーになります。
いまわずかに、そういう「上の人たち」の意向と関係なく、独自の言論を行っているのは、日本全国に何百とある小さな良心的な出版社のみでしょう。
だから本を読まないといけないんです。
他に真実を伝えてくれるメディアがないからです。
出版文化だけが、わずかに国際金融資本のからみ手から逃れています。
なんせ、あまりに中小で玉石混淆だから。統制のしようがないんですな。
これも潰そうと年次改革要望書では再販制度に手を入れようとしてたんですが、草の根レベルでの強い反対に押されて、再販制度改革は立ち消えになりました。
ほんのわずかではあるけれど、民衆レベルの勝利です。
だから本を読め。
読まない奴はダメだ。
たくさん読むのだ。
そして「良い本」を選ぶのだ。
くだらない本を何冊も読んで、そのくだらなさとウソ臭さを知って、自分の「真実を見抜く目」を育てて、それから、真に良い本をみつける力を持つ。
そういう事が必要なんですね。
だから玉石混淆の石からどんどこやっていくしかない。
玉も石も混ざっていたからこそ、統制されずに済んだんだよね。だから手間でも「石」から読め!
で、「玉」に出会うまで続けろ!
そういう事ですね。
最近、ほんとうに、そういう部分にしか、この国の未来はないなぁとつくづく、しみじみ思うのです。
で、僕なんか、まだまだ全然勉強不足ですからな。
だからもう、ゲームとかやってるヒマがないんだよなぁ。残念だけど。選んでやらないと時間がもったいない。
まぁさすがに40過ぎたら、そういう賢い時間の使い方に気を配らないとおかしいと思うのですよ。残り時間のカウントダウンも始まってるんだから。
ま、そういう事をつくづく、しみじみと感じていて、で、多くの人に言いたいのは、とにかくまず「テレビはくだらない」と気付いてくださいと言うところまでですね。
そこでちゃんとテレビの電源を消せるかどうかは、それこそ、その人の品格にかかわる事でして。
まず「テレビはくだらない」そう思ってみる、という事をしてほしいです。
これはもう、切実に、真剣に、この国の未来=私の将来のためにそう願います。
まず「テレビはくだらない」そう思ってください。頼むから。