小沢さんが何故マスコミに叩かれるのか。
2011年3月8日 ■時事なんというか、小沢一郎氏の事については、とにかくやたらとマスコミが叩く。
それが一体何故なのかが、どうにもよくわからなくて、かなり長く悩んできました。
でも、それが最近、かなりわかってきたので、ちょっと書きます。
言ったら悪いけども、小沢さんはブオトコなので、見た目で嫌いだ、というつまらん理由も、一般大衆の側にはあるわけですが、しかし、それ以前に、だいたい小沢さんがニコニコ笑っているところを、マスコミはもともと報道しないわけですね。写真の選び方から、すでに偏向している。
で、これが何なのか? なんでそういう偏ったことばかりするのかが、とにかくわからんかったわけです。ずっと謎であった。
もちろん、アメリカの陰謀説とかいろいろあるわけですけど、それはそれとして、それとは別にマスコミ自身にとって、何らかの思惑があるはずだ、というのがあって、そこが全然わからんかったんですね。
で、ネットでいろいろ見ていて、ひとつ「これはあるやろなぁ」と思ったのは「悪ということになっているから、そう扱う。」という、もう、実にヒドイ、低脳な判断がある、ということですね。
とにかく、新人の記者やらアナウンサーとかは「小沢は悪ということになっている」という刷り込みがされてるという感じなわけです。そういう判断をしないと「カイシャ」の中にいてられない空気みたいなもんがあるんでしょうね。
この空気がまずもってバカの極みなのだけれども、じゃあ、なんで、「カイシャ全体で悪人と認定しているのか?」というのが課題になってくるわけです。
空気にまでなっている事というのは、無批判に受け入れるべき「文化」になってしまっている、ということなんですね。そこには「マスコミ全体での共同価値観」が働いているはずなんです。
つまり、僕に見えないのは、そのマスコミの「共同価値観」が一体何なのか?ということなんですね。
小沢=悪と認定するには、それなりの理由が必ずあるはずなのに、実はそこの構造だけが明らかにされていない。
だから、ヒステリックな「政治とカネ」報道のエスカレートぶりが、いまいちよく分からないわけです。
マスコミの人間たちが、ここまで小沢を毛嫌いするには、マスコミの側に「嫌う理由」が必ずあるはずだ、ということなんです。
ここのところを、よーーーーーく、よーーーーーーく、考えて欲しい訳です。
人間、自分の得にならない事はしないんですよ。
だから、行動の理由は必ずある、ということですね。
で、その理由とは何か?
答えは、ものすごく簡単でした。答えは、
●小沢一郎はマスコミの力を借りずに選挙に勝てるから。
だったんですよ。
ここのところが、全然僕にはわからんかった。テレビ報道を見ているだけでは全然分からない。
僕も知らなかったのですが、ようはテレビ新聞などのマスコミは「政治家の人気」を放送・報道でどうにでもイメージ付けできるから、その「権力」をカサにきて、政治家に対して偉そうにふんぞり返って、いろいろと無心してるらしいんですね。
そういうもともとのマスコミの「体質」こそが小沢さんが叩かれる原因だったわけです。
このあたりは、小沢さんが40代の若さで、自民党の幹事長になったときからの因縁の確執だったわけです。
通常、党の幹事長というのは、選挙対策の責任者、ということになります。あからさまに言うなら、「選挙戦の指揮官」という役割を担うことになります。
ですから、党の幹事長ともなれば、選挙の前後でマスコミに叩かれないように、各新聞社やテレビ局などに挨拶回りをして、「うちの党の事を悪く書かないでね」とお願いに回るわけです。
お願いと言えば聞こえはいいですが、ようは袖の下を渡しに行くんですね。新聞、テレビのお偉いさんは、それで私腹を肥やしていた時期があったわけです。っちゅうか、多分いまでもあるんでしょうな。情けないことに。
ところが、小沢さんは、たかだか40代の名前もない若造政治家だったのに、マスコミの挨拶回りを全然しなかった。つまりはマスコミに「袖の下」を渡さなかったわけです。
で、小沢さんが何をしたかというと、「投票するのは国民なのだから、地元の人や組織にお願いに行こう」と考えて、それを実行したわけです。そっちに袖の下を渡したのかどうかまではわかりませんけど、とにかく現場第一主義で選挙を取り仕切って、マスコミ対策はほとんどしなかった。
で、どうなったか? というと、マスコミの記者たちは小沢さんがどこをどうかけずり回っているかを取材することもなく、デスクでふんぞり返っていたから、「どうせ自民党は負けるよ」と予想をしていたわけです。宇野総理の頃の話らしいですけど。
そしたら、小沢さんが幹事長になって最初の地方選挙(千葉の方だったかなぁ)で、自民党が勝っちゃったわけです。
宇野総理が女性スキャンダルでえらいことになって、自民党の人気がものすごく落ちてた時なんですよ? 新聞・マスコミも当然自民党の事は叩きまくっていた時です。肝心の自民党の新人幹事長が「あいさつ」にも来なかったのだから、かなりの自民党叩きキャンペーンをやっていたわけです。
なのに、選挙で勝った。
マスコミの力なんか不要。
そういう事実を見せつけられたわけです。
マスコミの力を借りずに選挙に勝つ。それが小沢さんなわけですよ。これは、田中角栄仕込みの「国民との直接対話」路線なわけです。
で、その「国民との直接対話」というのを、マスコミは「きっと有力者などにカネをばらまいてるに違いない」あるいは、「いろいろと便宜供与をしているに違いない」と勘ぐって報道してるだけなんですね。
なんでそういう話になるかというと、マスコミの上の方の人間が、まさに「人に言えないお金」をもらいまくってるから、なんですよ。
たとえば、政権与党になりますと、官房機密費、というカネの出入りを明らかにしなくて良いお金をある程度自由に使っても良いということになっているんです。
この官房機密費は、かなりのところがマスコミ対策、ということで大手マスコミである新聞社やテレビ局に流れて行ってる可能性が高い。
これ、税金ですからね。官房機密費。
で、出入りをはっきりさせなくて良い金が結局どこへ行くかというと、「個人」に行くわけですよ。まさに袖の下ですね。
テレビ局や新聞社、あるいはそういうテレビの政治番組に出ている政治評論家のたぐいのところに流れて行ってる。
もう、はっきり書きますけど、テレビに出ている政治評論家の三宅なんちゃらとか岩見なんちゃらあたりは、もらったことがあるのは確実だと思うね。バレバレやもん。いろいろ状況証拠とか見ると。
だから、小沢さんが「政治とカネ」で叩かれるのは、まさに新聞・テレビに袖の下を渡さなかったからこそなんですよ。
「あいつはわしらに袖の下も渡さない。なら、絶対に良いことなんか書いてやるもんか。」
というのが、マスコミトップの偽らざる本音なのであります。
こういう事が、この一年くらいで、ツイッターとか読んでいて分かったことであります。
2009年の夏に、民主党が大勝したときだって、おそらく小沢さんはマスコミにあいさつにはいかなかった。40代で自民党の幹事長になった時と同じです。一切マスコミに「良く書いてね」とはおもねらなかった。
でも、小沢民主党が勝つことは見えていた。そういう記事を書かねばならない。それはくやしい。イヤだ。袖の下ももらってないのに、なんでアイツの宣伝をせねばならんのか! ということで、警察とグルになって「のりピー事件」なるものを延々2週間にも渡って報道し続けた、ということなんですよ。
田中角栄を80点の政治家とすれば、小沢さんなんて、たかだか60点くらいの小物だと僕は思います。
だから、小沢一郎をことさら持ち上げる気持ちなんか全然ないんですが、それでも、あの時のノリピー報道はあまりに異常だった。
なんでそういうどうでもいい芸人の話が、あそこまで大きく取り上げられなければならなかったのか?
それは、大きくは、こういう大前提があったからなんですよ。
で、この「新聞のトップ」というところに、はっきりと「読売のナベツネ」がいてます。ナベツネが新聞報道を牛耳ってるのですよ。
まずは、こういう、大きな、大きな構造というものに、やっと僕は気づくことができたし、こういうことを、少なくとも身の回りの人には知って欲しいな、という感じはしますね。
ま、そういうことであります。
それが一体何故なのかが、どうにもよくわからなくて、かなり長く悩んできました。
でも、それが最近、かなりわかってきたので、ちょっと書きます。
言ったら悪いけども、小沢さんはブオトコなので、見た目で嫌いだ、というつまらん理由も、一般大衆の側にはあるわけですが、しかし、それ以前に、だいたい小沢さんがニコニコ笑っているところを、マスコミはもともと報道しないわけですね。写真の選び方から、すでに偏向している。
で、これが何なのか? なんでそういう偏ったことばかりするのかが、とにかくわからんかったわけです。ずっと謎であった。
もちろん、アメリカの陰謀説とかいろいろあるわけですけど、それはそれとして、それとは別にマスコミ自身にとって、何らかの思惑があるはずだ、というのがあって、そこが全然わからんかったんですね。
で、ネットでいろいろ見ていて、ひとつ「これはあるやろなぁ」と思ったのは「悪ということになっているから、そう扱う。」という、もう、実にヒドイ、低脳な判断がある、ということですね。
とにかく、新人の記者やらアナウンサーとかは「小沢は悪ということになっている」という刷り込みがされてるという感じなわけです。そういう判断をしないと「カイシャ」の中にいてられない空気みたいなもんがあるんでしょうね。
この空気がまずもってバカの極みなのだけれども、じゃあ、なんで、「カイシャ全体で悪人と認定しているのか?」というのが課題になってくるわけです。
空気にまでなっている事というのは、無批判に受け入れるべき「文化」になってしまっている、ということなんですね。そこには「マスコミ全体での共同価値観」が働いているはずなんです。
つまり、僕に見えないのは、そのマスコミの「共同価値観」が一体何なのか?ということなんですね。
小沢=悪と認定するには、それなりの理由が必ずあるはずなのに、実はそこの構造だけが明らかにされていない。
だから、ヒステリックな「政治とカネ」報道のエスカレートぶりが、いまいちよく分からないわけです。
マスコミの人間たちが、ここまで小沢を毛嫌いするには、マスコミの側に「嫌う理由」が必ずあるはずだ、ということなんです。
ここのところを、よーーーーーく、よーーーーーーく、考えて欲しい訳です。
人間、自分の得にならない事はしないんですよ。
だから、行動の理由は必ずある、ということですね。
で、その理由とは何か?
答えは、ものすごく簡単でした。答えは、
●小沢一郎はマスコミの力を借りずに選挙に勝てるから。
だったんですよ。
ここのところが、全然僕にはわからんかった。テレビ報道を見ているだけでは全然分からない。
僕も知らなかったのですが、ようはテレビ新聞などのマスコミは「政治家の人気」を放送・報道でどうにでもイメージ付けできるから、その「権力」をカサにきて、政治家に対して偉そうにふんぞり返って、いろいろと無心してるらしいんですね。
そういうもともとのマスコミの「体質」こそが小沢さんが叩かれる原因だったわけです。
このあたりは、小沢さんが40代の若さで、自民党の幹事長になったときからの因縁の確執だったわけです。
通常、党の幹事長というのは、選挙対策の責任者、ということになります。あからさまに言うなら、「選挙戦の指揮官」という役割を担うことになります。
ですから、党の幹事長ともなれば、選挙の前後でマスコミに叩かれないように、各新聞社やテレビ局などに挨拶回りをして、「うちの党の事を悪く書かないでね」とお願いに回るわけです。
お願いと言えば聞こえはいいですが、ようは袖の下を渡しに行くんですね。新聞、テレビのお偉いさんは、それで私腹を肥やしていた時期があったわけです。っちゅうか、多分いまでもあるんでしょうな。情けないことに。
ところが、小沢さんは、たかだか40代の名前もない若造政治家だったのに、マスコミの挨拶回りを全然しなかった。つまりはマスコミに「袖の下」を渡さなかったわけです。
で、小沢さんが何をしたかというと、「投票するのは国民なのだから、地元の人や組織にお願いに行こう」と考えて、それを実行したわけです。そっちに袖の下を渡したのかどうかまではわかりませんけど、とにかく現場第一主義で選挙を取り仕切って、マスコミ対策はほとんどしなかった。
で、どうなったか? というと、マスコミの記者たちは小沢さんがどこをどうかけずり回っているかを取材することもなく、デスクでふんぞり返っていたから、「どうせ自民党は負けるよ」と予想をしていたわけです。宇野総理の頃の話らしいですけど。
そしたら、小沢さんが幹事長になって最初の地方選挙(千葉の方だったかなぁ)で、自民党が勝っちゃったわけです。
宇野総理が女性スキャンダルでえらいことになって、自民党の人気がものすごく落ちてた時なんですよ? 新聞・マスコミも当然自民党の事は叩きまくっていた時です。肝心の自民党の新人幹事長が「あいさつ」にも来なかったのだから、かなりの自民党叩きキャンペーンをやっていたわけです。
なのに、選挙で勝った。
マスコミの力なんか不要。
そういう事実を見せつけられたわけです。
マスコミの力を借りずに選挙に勝つ。それが小沢さんなわけですよ。これは、田中角栄仕込みの「国民との直接対話」路線なわけです。
で、その「国民との直接対話」というのを、マスコミは「きっと有力者などにカネをばらまいてるに違いない」あるいは、「いろいろと便宜供与をしているに違いない」と勘ぐって報道してるだけなんですね。
なんでそういう話になるかというと、マスコミの上の方の人間が、まさに「人に言えないお金」をもらいまくってるから、なんですよ。
たとえば、政権与党になりますと、官房機密費、というカネの出入りを明らかにしなくて良いお金をある程度自由に使っても良いということになっているんです。
この官房機密費は、かなりのところがマスコミ対策、ということで大手マスコミである新聞社やテレビ局に流れて行ってる可能性が高い。
これ、税金ですからね。官房機密費。
で、出入りをはっきりさせなくて良い金が結局どこへ行くかというと、「個人」に行くわけですよ。まさに袖の下ですね。
テレビ局や新聞社、あるいはそういうテレビの政治番組に出ている政治評論家のたぐいのところに流れて行ってる。
もう、はっきり書きますけど、テレビに出ている政治評論家の三宅なんちゃらとか岩見なんちゃらあたりは、もらったことがあるのは確実だと思うね。バレバレやもん。いろいろ状況証拠とか見ると。
だから、小沢さんが「政治とカネ」で叩かれるのは、まさに新聞・テレビに袖の下を渡さなかったからこそなんですよ。
「あいつはわしらに袖の下も渡さない。なら、絶対に良いことなんか書いてやるもんか。」
というのが、マスコミトップの偽らざる本音なのであります。
こういう事が、この一年くらいで、ツイッターとか読んでいて分かったことであります。
2009年の夏に、民主党が大勝したときだって、おそらく小沢さんはマスコミにあいさつにはいかなかった。40代で自民党の幹事長になった時と同じです。一切マスコミに「良く書いてね」とはおもねらなかった。
でも、小沢民主党が勝つことは見えていた。そういう記事を書かねばならない。それはくやしい。イヤだ。袖の下ももらってないのに、なんでアイツの宣伝をせねばならんのか! ということで、警察とグルになって「のりピー事件」なるものを延々2週間にも渡って報道し続けた、ということなんですよ。
田中角栄を80点の政治家とすれば、小沢さんなんて、たかだか60点くらいの小物だと僕は思います。
だから、小沢一郎をことさら持ち上げる気持ちなんか全然ないんですが、それでも、あの時のノリピー報道はあまりに異常だった。
なんでそういうどうでもいい芸人の話が、あそこまで大きく取り上げられなければならなかったのか?
それは、大きくは、こういう大前提があったからなんですよ。
で、この「新聞のトップ」というところに、はっきりと「読売のナベツネ」がいてます。ナベツネが新聞報道を牛耳ってるのですよ。
まずは、こういう、大きな、大きな構造というものに、やっと僕は気づくことができたし、こういうことを、少なくとも身の回りの人には知って欲しいな、という感じはしますね。
ま、そういうことであります。
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