自転車にいたるまで。
2009年2月5日コメント (5)最近、ふと思うのは、なんで自転車に乗り始めたのかなぁ、という事であります。
なんでなんでしょう?
で、つらつら思うに、ネットの知り合いとか、仕事上での知り合いとかで「頭いいなぁ」「賢いなぁ」と思う人が、次々に自転車に乗り出していたから、と言うことが、けっこうかなり大きいんですね。
こういう「頭いい人」というのは、プライベートにみっちり付き合わなくてもわかるのです。普段の言動や行動、判断基準などなどをちょろっと耳にして、で、その人の行動結果がどうなったのかを突き合わせればすぐわかる。
(逆にバカもすぐわかります。同じ「言い訳」をグジグジ言い続けるとかね。すぐにバカであることがバレちゃう。まぁ、当たり前の事ですが。)
頭の良い人は、やることに整合性がキチンとあるんですね。それから、そういう人が言った言動は、たった一言でも、後で書籍などで裏を取ると、ピターーーーーっと整合性が取れている。
「あー、やっぱりあの人の言ってた事は正しかったなぁ。」という、まぁ検証作業の繰り返しですね。で、だいたい社会の動向と連動していて、実にまともなわけです。
そういう人が何故か自転車に乗っている。
これがねぇ、不思議な感じがしてしょうがなかった。
何故か符号してるんですなぁ。
やはり、健康が大切という世の風潮があって、その中で無理せずライフスタイルに取り込める形はどういうものなのか? を考えていくと自転車って言うのがどうも正解って事になってくるみたいなんですなぁ。
で、そういうつながりのある人に、ちょろっと「どういう本を読んだらいいですか?」と聞くと、「疋田智さんなんかが良いですよ。」とか答えが返ってくる。
へー。とか思って、まぁそれはそのままにしてたわけですが、自転車が気になって来たときに、ちょろっとネットで自転車の記事を見かけると疋田智さんの名前があったりするわけですね。
で、読んでみると、まぁ実に見事な、良い入門記事だったりするわけですよ。的を射てるというか、わかりやすいというか。「ああ、なるほどなぁ、こういう事で疋田さんなのか」と思って読み進めていくと、この疋田さんが東大出身だったりするわけですなぁ。
「ああ、なるほどなぁ」ってまた思うわけですよ。
頭のいい人は、頭のいい人を知ってるなぁって思う。
で、実は、ここで「頭良い人が自転車に乗ってるなぁ」という僕の実感と、現実とかカチンとリンクしたわけですね。複数の事例と現実が一致したわけです。
「ああ、やっぱりそうなんや。頭の良い人は自転車なんや。」という事ですわ。
で、そこに書店での勝間和代ブームが上乗せになるわけですね。あの人も自転車ですしねぇ。で、実際、都市での移動においては自転車は強力ですし。その背景、背骨の厚みが違うよなぁって事です。
健康を意識するなら、自転車がもっとも効率が良いと。まぁそういうわけですわ。
こりゃ真似した方がお得よね、ってことでね。
なので自転車。
まぁずっと万歩計を持って歩く量を増やしてたけど、それより自転車が、やっぱり楽しい。最近はスピードよりのんびりポタリングする方が良かったりしますが。
で、そんな出会いがあって以来、ちょっと最近は東大づいていて、
先日紹介した「東大合格生のノートはかならず美しい」を手始めに、
「東大生が選んだ勉強法」とか、
「東大家庭教師が教える 頭が良くなる勉強法」とかを続けて読んでみたりしてます。
で、これがまた面白くて。
ああ、そうか、勉強するって言うのはこういう事か、というのが良く分かる。
やっぱり東大生は違うよなぁって思う。
とくに「頭が良くなる勉強法」は、東大卒で、家庭教師をしている人のお話なので、実に参考になったのですが、勉強を大きく3つの要素に分けてるんですね。それは、
●覚える
●わかる
●慣れる
だそうです。
これねぇ、「慣れる」が入ってるところが、やっぱりレベルが違う。ようは体に染みこませる、無意識レベルでやれるようにする、という要素の話なわけですよ。そこまでやってはじめて実践的力だと言ってるんですね。
うむ、まさにその通りだって思うのです。
これは、ウクレレを習いに行ってるからわかる部分でもあるんですがね。
まず覚えるっていうのは、たとえばメロディーラインを覚えるとか、そういう部分です。
で、わかるって言うのは楽典の理解とかです。
で、それに加えて慣れる、つまり無意識レベルでできるってのが必要になるわけですね。
この三段階がそろってはじめて勉強なわけですよ。
これが、実にそうだよなぁって思う。
で、覚えてからわかるをやればいいのか、わかってから覚えればいいのか?とか、そういう事が気になったんですけど、それは「平行してやればいい」って事なんですって!
あああああ、そうか、そうなのか! って、これまたカチンと現実と合致したんですね。
たとえば英語なんですけど、ひたすら音読するっていうのが、ひとつの勉強方法なわけですけど、これは基本的には「覚える」なわけですよ。文章を体に染みこませる。そのうちパターンを覚えてしまう。
で、それから後で文法をやると、実例がいくつも入ってるから、すごく染みこむようにわかるんですね。
で、逆に文法をちゃんとやらずに音読を繰り返していると、同じ文章を読んでるだけなのに、何十度か読み返してるうちに、ハタと突然、「んんん? なんで、ここにtoが入るの?」とか疑問がわき上がってきたりするんですよね。
で、これは「覚える」をやるときは、「覚える」だけを集中してやるほうが良いらしいし、「わかる」をやるときにはそればっかり集中してやるのが良いそうです。
これもまた、よくわかるんですよねぇ。ウクレレや英語と重ね合わせると、まさにそう。両方いっぺんにはできないんですよ。
それは自転車で言うなら、実際の道を何度も走ってみることと、地図を見ることに似てます。
GPSとかあるけど、そういうのを使うより、いろんな道を何度かいろいろ走った後で、復習として全体観としての地図見をした方がいろんなことが一気に整理して入ってきて効率いいんですよね。地図の上で実体験が全部つながる。じつに面白い感覚です。
で、この「頭が良くなる勉強法」でも出てきたし、例の「東大ノート」の本でも出てきたんですけど、「心の問題が解消しないと成績は上がらない」って話です。
東大ノートの方では、自学自習で東大現役合格した人のレポートが載ってたんですけど、ようは家族の応援がしっかりしてるんですね。ああ、これが愛やなぁって思った。ご両親は別に東大生でもなんでもないんですよ。だから勉強のノウハウは全然持ってない。でも、協力できることはとにかくなんでも協力してるんですね。子供の夢を一緒にかなえてやろう、というスタンスです。ああしろ、こうしろもない。ただ素直に子供を信じて応援してあげてるだけ。ただそれだけで、子供が親を越えて、良い環境へと近づいていくわけです。
ああ、良い家庭の子は、こういう風に、当たり前に幸せなんだなぁと実感しました。で、それこそが本当の力なんだって思う。なるほどぉ、そうかー。です。
で、この東大卒の家庭教師、吉永さんも同じような事を言ってるわけです。
・間違えると落ち込む
・すぐ人のせいにする
・嫉妬深い
・人を蹴落としたいと思う
・すぐに結果を求める
というのが、「成績を下げる考え方」で、こういう考え方をしていては成績は伸びないそうです。
で、まぁざっくりと、こういう考え方をどうやれば払拭できるかというと、
「そういう悪い考え方を私は持っている」と正しく自己受容する、という事のようです。ようは自分の間違いを受け入れるって事ですね。
「そんな悪い考え方を僕は持ってないよ」とか、自己欺瞞をしない事、みたいですね。
いや、まだ最後までキチンと読んでないので、ざっくりとしか書けないんですが。
(最近、本当に本の読み方が変わってしまって、「読了」って言うのがよくわからなくなってるんですよねぇ。10分でとりあえずバババババーと全ページをめくってみるとか、目次だけしっかり読み込むとか、そういう「速読法」を取り入れ始めてるので。)
で、こういうのを読んでると、また例の如く、「ああ、こういう面でもやはりアダルトチルドレンは不利だなぁ」って思ってしまうんですよね。努力の空回り率が高いだろうなぁって思う。
だからやっぱり、まずは自分の心の溝掃除だよなぁって思うのです。
自分がACだと気付けるかどうかが、まず、その第一歩でしょうねぇ。
少なくとも僕の場合は、それがかなり大きかったですから。
自分を支えてきた、いろんな考え方がガラガラガラガラと音を立てて崩れてしまって。
でも、もう、いまやAC的考え方に戻りたいとは、全然思いませんしねぇ。
頭がクリアな率がかなり上がってきたように思います。
だから、そういう事が全部つながってるんよなぁって最近は良く思います。
いろんな事が全部つながってる。
だから、そのつながりに導かれて、僕は自転車に乗ってるんだよなぁって事なんですよね。
なんか哲学的になってしまいましたが。
まぁ、そういう事であります。
なんでなんでしょう?
で、つらつら思うに、ネットの知り合いとか、仕事上での知り合いとかで「頭いいなぁ」「賢いなぁ」と思う人が、次々に自転車に乗り出していたから、と言うことが、けっこうかなり大きいんですね。
こういう「頭いい人」というのは、プライベートにみっちり付き合わなくてもわかるのです。普段の言動や行動、判断基準などなどをちょろっと耳にして、で、その人の行動結果がどうなったのかを突き合わせればすぐわかる。
(逆にバカもすぐわかります。同じ「言い訳」をグジグジ言い続けるとかね。すぐにバカであることがバレちゃう。まぁ、当たり前の事ですが。)
頭の良い人は、やることに整合性がキチンとあるんですね。それから、そういう人が言った言動は、たった一言でも、後で書籍などで裏を取ると、ピターーーーーっと整合性が取れている。
「あー、やっぱりあの人の言ってた事は正しかったなぁ。」という、まぁ検証作業の繰り返しですね。で、だいたい社会の動向と連動していて、実にまともなわけです。
そういう人が何故か自転車に乗っている。
これがねぇ、不思議な感じがしてしょうがなかった。
何故か符号してるんですなぁ。
やはり、健康が大切という世の風潮があって、その中で無理せずライフスタイルに取り込める形はどういうものなのか? を考えていくと自転車って言うのがどうも正解って事になってくるみたいなんですなぁ。
で、そういうつながりのある人に、ちょろっと「どういう本を読んだらいいですか?」と聞くと、「疋田智さんなんかが良いですよ。」とか答えが返ってくる。
へー。とか思って、まぁそれはそのままにしてたわけですが、自転車が気になって来たときに、ちょろっとネットで自転車の記事を見かけると疋田智さんの名前があったりするわけですね。
で、読んでみると、まぁ実に見事な、良い入門記事だったりするわけですよ。的を射てるというか、わかりやすいというか。「ああ、なるほどなぁ、こういう事で疋田さんなのか」と思って読み進めていくと、この疋田さんが東大出身だったりするわけですなぁ。
「ああ、なるほどなぁ」ってまた思うわけですよ。
頭のいい人は、頭のいい人を知ってるなぁって思う。
で、実は、ここで「頭良い人が自転車に乗ってるなぁ」という僕の実感と、現実とかカチンとリンクしたわけですね。複数の事例と現実が一致したわけです。
「ああ、やっぱりそうなんや。頭の良い人は自転車なんや。」という事ですわ。
で、そこに書店での勝間和代ブームが上乗せになるわけですね。あの人も自転車ですしねぇ。で、実際、都市での移動においては自転車は強力ですし。その背景、背骨の厚みが違うよなぁって事です。
健康を意識するなら、自転車がもっとも効率が良いと。まぁそういうわけですわ。
こりゃ真似した方がお得よね、ってことでね。
なので自転車。
まぁずっと万歩計を持って歩く量を増やしてたけど、それより自転車が、やっぱり楽しい。最近はスピードよりのんびりポタリングする方が良かったりしますが。
で、そんな出会いがあって以来、ちょっと最近は東大づいていて、
先日紹介した「東大合格生のノートはかならず美しい」を手始めに、
「東大生が選んだ勉強法」とか、
「東大家庭教師が教える 頭が良くなる勉強法」とかを続けて読んでみたりしてます。
で、これがまた面白くて。
ああ、そうか、勉強するって言うのはこういう事か、というのが良く分かる。
やっぱり東大生は違うよなぁって思う。
とくに「頭が良くなる勉強法」は、東大卒で、家庭教師をしている人のお話なので、実に参考になったのですが、勉強を大きく3つの要素に分けてるんですね。それは、
●覚える
●わかる
●慣れる
だそうです。
これねぇ、「慣れる」が入ってるところが、やっぱりレベルが違う。ようは体に染みこませる、無意識レベルでやれるようにする、という要素の話なわけですよ。そこまでやってはじめて実践的力だと言ってるんですね。
うむ、まさにその通りだって思うのです。
これは、ウクレレを習いに行ってるからわかる部分でもあるんですがね。
まず覚えるっていうのは、たとえばメロディーラインを覚えるとか、そういう部分です。
で、わかるって言うのは楽典の理解とかです。
で、それに加えて慣れる、つまり無意識レベルでできるってのが必要になるわけですね。
この三段階がそろってはじめて勉強なわけですよ。
これが、実にそうだよなぁって思う。
で、覚えてからわかるをやればいいのか、わかってから覚えればいいのか?とか、そういう事が気になったんですけど、それは「平行してやればいい」って事なんですって!
あああああ、そうか、そうなのか! って、これまたカチンと現実と合致したんですね。
たとえば英語なんですけど、ひたすら音読するっていうのが、ひとつの勉強方法なわけですけど、これは基本的には「覚える」なわけですよ。文章を体に染みこませる。そのうちパターンを覚えてしまう。
で、それから後で文法をやると、実例がいくつも入ってるから、すごく染みこむようにわかるんですね。
で、逆に文法をちゃんとやらずに音読を繰り返していると、同じ文章を読んでるだけなのに、何十度か読み返してるうちに、ハタと突然、「んんん? なんで、ここにtoが入るの?」とか疑問がわき上がってきたりするんですよね。
で、これは「覚える」をやるときは、「覚える」だけを集中してやるほうが良いらしいし、「わかる」をやるときにはそればっかり集中してやるのが良いそうです。
これもまた、よくわかるんですよねぇ。ウクレレや英語と重ね合わせると、まさにそう。両方いっぺんにはできないんですよ。
それは自転車で言うなら、実際の道を何度も走ってみることと、地図を見ることに似てます。
GPSとかあるけど、そういうのを使うより、いろんな道を何度かいろいろ走った後で、復習として全体観としての地図見をした方がいろんなことが一気に整理して入ってきて効率いいんですよね。地図の上で実体験が全部つながる。じつに面白い感覚です。
で、この「頭が良くなる勉強法」でも出てきたし、例の「東大ノート」の本でも出てきたんですけど、「心の問題が解消しないと成績は上がらない」って話です。
東大ノートの方では、自学自習で東大現役合格した人のレポートが載ってたんですけど、ようは家族の応援がしっかりしてるんですね。ああ、これが愛やなぁって思った。ご両親は別に東大生でもなんでもないんですよ。だから勉強のノウハウは全然持ってない。でも、協力できることはとにかくなんでも協力してるんですね。子供の夢を一緒にかなえてやろう、というスタンスです。ああしろ、こうしろもない。ただ素直に子供を信じて応援してあげてるだけ。ただそれだけで、子供が親を越えて、良い環境へと近づいていくわけです。
ああ、良い家庭の子は、こういう風に、当たり前に幸せなんだなぁと実感しました。で、それこそが本当の力なんだって思う。なるほどぉ、そうかー。です。
で、この東大卒の家庭教師、吉永さんも同じような事を言ってるわけです。
・間違えると落ち込む
・すぐ人のせいにする
・嫉妬深い
・人を蹴落としたいと思う
・すぐに結果を求める
というのが、「成績を下げる考え方」で、こういう考え方をしていては成績は伸びないそうです。
で、まぁざっくりと、こういう考え方をどうやれば払拭できるかというと、
「そういう悪い考え方を私は持っている」と正しく自己受容する、という事のようです。ようは自分の間違いを受け入れるって事ですね。
「そんな悪い考え方を僕は持ってないよ」とか、自己欺瞞をしない事、みたいですね。
いや、まだ最後までキチンと読んでないので、ざっくりとしか書けないんですが。
(最近、本当に本の読み方が変わってしまって、「読了」って言うのがよくわからなくなってるんですよねぇ。10分でとりあえずバババババーと全ページをめくってみるとか、目次だけしっかり読み込むとか、そういう「速読法」を取り入れ始めてるので。)
で、こういうのを読んでると、また例の如く、「ああ、こういう面でもやはりアダルトチルドレンは不利だなぁ」って思ってしまうんですよね。努力の空回り率が高いだろうなぁって思う。
だからやっぱり、まずは自分の心の溝掃除だよなぁって思うのです。
自分がACだと気付けるかどうかが、まず、その第一歩でしょうねぇ。
少なくとも僕の場合は、それがかなり大きかったですから。
自分を支えてきた、いろんな考え方がガラガラガラガラと音を立てて崩れてしまって。
でも、もう、いまやAC的考え方に戻りたいとは、全然思いませんしねぇ。
頭がクリアな率がかなり上がってきたように思います。
だから、そういう事が全部つながってるんよなぁって最近は良く思います。
いろんな事が全部つながってる。
だから、そのつながりに導かれて、僕は自転車に乗ってるんだよなぁって事なんですよね。
なんか哲学的になってしまいましたが。
まぁ、そういう事であります。
コメント
あら、そうですか。情報をありがとう。
上記の賢い知り合いのうちのお一人がBE-PALの自転車特集からはまった、と言っておられましたな。一度見てみます。
東大にストレートで入った方のノートを個人的に見せて貰ったことがあります。やはり綺麗でした^^ 家庭教師の吉永さんのコメントで、『嫉妬深い』とか、『人を蹴落としたいと思う』というやり方が、成績の妨げになるというのは、発見でした。私自身、積極的に信じていた訳ではありませんが、学生時代に、ライバル心が大切、のように言われたことがあります。
やはり本当に成績を伸ばすには、競争意識ではなくて、学問に対する純粋な興味が大切、ということかと感じました。
ほんわかした文章で、読んでいて、こころがラクになる感じがします。
「忙しい状況」というのは、本当はないわけで、あくまでも、自分のこころの状態だと思うのですが、ご文章を拝読していて、反省させられました。
このエントリーを、ぜひ、拙ブログ http://ameblo.jp/yoshinagakenichi/ でご紹介させていただきたく、お許しいただければと、書き込み致しました。
シゲさまに、すべての良きことが、なだれのごとく起きますように。
わ、びっくりした。著者の方が直接書き込みくださるとは。
拙文をご紹介くださるとの事で、どうぞどうぞです。
吉永さんのことは、実は「最強ノート術」を読んで、「おもしろい人だなぁ」と思ったのがきっかけで著書を拝読させていただきました。
最強のノートがA4コピー用紙で、理由がストレスが少ないというのがスゴイと思いました。
実は僕もかなりA4コピー用紙を良く使う人間でして、いろいろ参考になるのでは? と思って「東大家庭教師が教える 頭が良くなる勉強法」を読ませてもらったんですが、内容に心の問題がキチンと入っていたのが素晴らしかったです。
あの本は書店で見ると「東大勉強法」というタイトルの本に見えて、「なんだ東大ブームの便乗本か」と思って敬遠してしまってたんです。そういう意味ではタイトルで損をしてる部分がありますね。内容は、少なくとも僕にとってはかなり面白かったですから、ちょっともったいない気もしました。
ここのブログでは、僕は、よくアダルトチルドレン(AC)の話題を取り上げておりまして、心の葛藤とか、現実直視をせずに、何か別のものに依存してしまうような心の風邪ひきを直しましょうということを書いたりしてますし、自らACだと自覚のある人も良く覗いてくださってます。
もし良かったら、吉永さんも「アダルトチルドレン」に関して学んでいただくと、子供の家庭環境と学習との関係など、もっと深みが出るかもですよ。吉永さんがAC問題にかかわったら、これはなかなかすごいかもなぁとか想像してしまったりして。
ウォイティツの「アダルトチルドレン」とか読むと面白いかもです。
ともあれ、書き込みありがとうございました。